百聞は一見に如かず。昔の人の格言に、ほんとうにその通りだなと思うことがある。イメージが掴めずにいたものが、その場に行くことですっと理解できて、ふっと身体に空気のように入ってくる。そして行く前と後では違う自分になっている。
気持ち良い秋晴れの週末に、「Creators Meet TAKAOKA」というクリエイター向けモデルツアーが実施された。主催は高岡市、企画運営は水と匠。広くものづくりに携わる人に向けて、高岡の職人技や歴史文化を紹介。街や伝統産業の活性化を目的に、新しい出会いや協業の可能性を探ってもらおうというものだ。
10月に渋谷ヒカリエで開催されたトークイベントで参加者を募集。プロダクトデザイナー、クリエイティブディレクター、ソフトエンジニア、ロボットの素材開発、百貨店の新規事業企画など、さまざまな分野でものづくりや企画に関わる11名の参加者が集った。
参加の目的は、協業先を探してという直球のところから、東京と二拠点生活のための場所を探している、高岡の職人のファンであるといったところまで多種多様。なかには、すでに工芸ハッカソンを機に、高岡の職人とのものづくりを始めているという方もいた。
ときに真面目に、ときに笑いをまじえながら進んだ濃密な二日間の旅。
領域も職種もちがう多彩な参加者たちは、どういった視点で高岡をとらえたのだろう。
まず訪れたのは高岡銅器を代表する鋳物メーカー、能作。
産業が観光の担い手を育てる 「能作」の仕事と子どもへのまなざし
能作はオフィスパークという、富山らしい田園風景と山並みが一望できる企業集積地の一角にある。広々とした芝生では近所の保育園児たちが遊んでいて、その隣を今年リリースされた新サービス「錫婚式」を挙げている家族が歩いていく。バスを降りるなり、今の暮らしにとけこむ鋳物工場を目の当たりにする。
そして照明やサイン計画といった細かなところまでデザインが行きとどき、整理整頓された作業場。年配の方から若者まで様々な世代の、いきいきと働くたくさんの職人たち。
「職人さんを格好良く見せたいという想いがほんとうに実現されていて、素敵なものづくりにつながっていることを実感できました。(能作にかぎらず)プロデューサーやエージェントが関わることで、もっと職人さんがものづくりに集中できる環境がつくれるのでは。そういった環境作りに関わっていきたいと思いました(デザイン会社・プロデューサー)」
歓談しながらの昼食後は、モックアップの会社「ウィン・ディー」へ。
モックアップとは製品の設計・デザイン段階で製作される実物そっくりの模型のことで、主にカメラや車といった工業製品の開発製造に用いられる。
工場をひととおり見学した後、モックアップで製作されたインフィニティのコンセプトカーに試乗させてもらった。伝統産業から一転、近未来の空間へ。億というお金をかけて1台だけつくられるというコンセプトカーの世界に感嘆の声があがる。
さて、そのインフィニティが展示されているのは富山県総合デザインセンター・高岡市デザイン工芸センターのロビー。モックアップ工場はデザインセンターに隣接しており、行政による様々なものづくり支援の一端をも担っている。その支援の充実ぶりがなかなか凄い。
たとえば高岡市工芸デザインセンターには鋳造、彫金、漆の工房があり、50年前から続く後継者育成事業には今年も多くの人が参加している。富山県総合デザインセンターには最新のVRスタジオや各種3Dプリンタ、デザインCAD、モデリングマシン、撮影スタジオといった設備があり、誰でも低価格で利用することができる。さすが製造業従事者率が日本一の富山県だ。
さらに、能作をはじめとする高岡の伝統産業ではかなり早い時期から外部プロデューサーやデザイナーとの協業がされているのだが、その関係を初めに繋いだのは高岡市の事業だったというお話を伺う。現在でも高岡クラフトコンペや富山デザインウェーブなど、技術伝承、製品開発、販路拡大、情報発信と、さまざまな領域でものづくりを活性化するためのプロジェクトが動いている。
アイディアや要望と、工房や技術をつなぐことには自信があると富山県総合デザインセンター・相談員の吉田絵美さん。
「長年の取り組みがあってのことなので、マッチングには高い精度があると自負しています。高岡や富山の技や人と一緒にものづくりをしたいという方、やってみたいことがあれば、ぜひ気軽に相談してみてください」
つづいて向かったのは、1300年の歴史をもつ浄土真宗寺院、飛鳥山・善興寺。
善興寺は奈良の飛鳥にあった日本最古の寺院を源流とする、とても歴史の古いお寺だ。民藝とのゆかりも深く、本堂には棟方志功が富山への疎開時代の最後に描いた「御二河白道之柵」が、通常非公開の別室には棟方の肉筆画や版画が展示されている。
ここで「なぜお寺」と思うなかれ。 高岡を代表する伝統産業、銅器製造にはお寺との深い関わりがある。
ちょうど「報恩講」が終わったばかりの本堂では、銅製の仏具がもっともフォーマルな形式で配置されているのを見ることができた。
「ここに表現されているのは、仏様の悟りの世界です。見えない世界を具現化して、ものづくりで表した。ここに高岡銅器のルーツがあります」
ご住職の飛鳥寛靜(かんじょう)さんはまた、「いまは伝統技術をつかった新しいものがたくさん作られているけれど、どうも精神性がともなっていないように思う」とも言う。
そこにある「もの」が独特な緊張感と存在感を放つお寺の空間に、ご住職の言葉が響いた。
「技術はあるけど想いがないとお寺で言われたことにハッとしました。自分が扱う工芸品に関して、始めた人はどうして作ろうと思ったのか、もっと知りたいと思いました。その上で現代の人がほしくなるものをつくっていきたい(伝統工芸メーカー・企画販売)」
高岡銅器の製造元では、主に仏具を作っていた、もしくは現在もそうであるという話を良く聞く。仏具という言葉の意味はわかっても、馴染みがなければ用途や意義がよくわからず、ともすれば暗い印象を持ちかねない。それが「目に見えない世界を表現したもの」と知ればイメージが開ける。現代に置き換えたらどうなるか、アイディアの種になるかもしれない。
ルーツを知ることの重要性を感じながら、一日目の最後はまた違ったかたちでお寺と密接に結びついた鍛金の工房へ。
シマタニ昇竜工房では、お寺で使われる大きな「おりん」を製造している。
島谷さんは日本に数人しかいない「おりん」職人の1人であり、シマタニ製の「おりん」は全国の名だたる寺院で使われている。
しかしおりんは一度作れば100年以上持つという耐久性に加えて、今後はお寺の数もどんどん減っていくという見通しがある。そこで島谷さんは鍛金の技術をいかした日用品の開発のほか、おりんを楽器としてとらえ、海外の展示会などで提案。とても好評を得ているという。
「職人さんの仕事には価値の高さゆえの壁みたいなものを感じていたんですが、おりんを楽器としてとらえたらどうなるかとか、要素を分解していって、自分も可能性を考えて良いんだと思いました。自分で勝手に作っていた壁をとりはらってもらった感じがします(広告会社・クリエイティブディレクター)
おりんの「音色」にあらためて耳をすませると、音が全身を通り抜けていくような心地よさを感じる。島谷さんが専門機関に分析を依頼した結果、おりんの音色には科学的にも人をリラックスさせるゆらぎがあることがわかった。参加者からも「家に欲しい」「毎朝おりんの音を聴いてから出勤したい」と口々に声があがった。
チルアウトのための楽器。そして故人とつながる、時空を超えるためのもの。 たしかに家にひとつ欲しい気がしてくる。
音色の余韻に浸りながら工房の外に出ると、すっかり日は暮れてあたりは真っ暗になっていた。
後編につづく
Creators Meet TAKAOKA
◎日程:2019年11月22日(金)~23日(土)
◎実施場所:富山県高岡市
◎参加人数:11名
◎主催:高岡市
◎企画運営:(社)富山県西部観光社 水と匠
●水と匠では、ひろく「ものづくり」を目的とした視察・研修旅行の企画を承っています。伝統工芸から先端産業まで、目的に合わせたさまざまなアレンジメントが可能です。どうぞお気軽にお問い合わせください。お問い合わせ