文化・民藝
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大伴家持を触発した越中の自然
高岡で『万葉集』ゆかりの風景を巡る

2019.08.05

高岡の街を歩いていると、路面電車や店先の銘菓に、「万葉線」「とこなつ」「つまま」といった万葉由来の名前を目にする。加賀前田家の歴史文化が遺る街というイメージからすると、なぜ奈良時代?と思われるそれらの言葉は、万葉集の編纂者とされる大伴家持(おおとものやかもち)が、かつて越中国(現在の富山県と石川県能登地方を合わせた行政区)の国守(こくしゅ/くにのかみ)として高岡の沿岸部、伏木に赴任していたところからきている。

万葉集に収録されている個人の歌の中では大伴家持のものが最も多く、そのうちの約半数は越中時代に詠まれている。それらの歌を中心に、官人たちや家持を訪ねた人の歌、家持が都にもどる途中で詠んだ歌などを含む、富山にまつわる万葉歌は越中万葉と呼ばれ、万葉集全体の1割弱を占める。

富山(越中国)は、奈良(大和)に次いで詠み込まれた地名が多い、万葉集と繋がりの深い土地なのだ。

越中万葉について知るには、伏木の国庁跡近くにある高岡市万葉歴史館をぜひ訪ねたい。

万葉歴史館は博物館であり、文献を網羅した図書館であり、万葉に関心を持つ人々の交流拠点でもある。さらには日本でも数少ない、館長の坂本信幸氏をはじめとする万葉の研究者が在籍する研究所でもあり、事前に希望すれば研究員各氏の案内を受けることもできる。

この日は自身でも多くの短歌を詠むという研究員・学芸課長の新谷秀夫さんにお話をうかがった。

「富山が凄いのは、詠われた場所が現在のどこなのかほぼ特定されているところなんです。だから、歌が詠まれた場所に今も立つことができる。そういう土地は他にはなかなかないんですが、それは江戸時代に前田家によって研究が進められて、場所がつきとめられたからなんですね。ここにはそうして脈々と積み重ねられてきた万葉の故郷としての歴史があります」

たとえば伏木から氷見にかけて連なる二上山を賛美した長歌「二上山の賦(ふ)」に詠まれた蛇行する射水川(現在の小矢部川)の流れは、「二上万葉ライン」というドライブコースの途中にある城山園地から望むことができる。季節によっては家持が愛してやまなかったホトトギスの鳴き声も緑に沁み渡るように響く。

また同じ城山公園から望む氷見方面には、家持が何度も歌にした布勢(ふせ)の水海跡が広がる。布勢の水海とは、今は氷見の十二丁潟水郷公園としてかろうじて面影を残すかつての大きな汽水湖のことで、家持はホトトギスの鳴き声が堪能できる場所として毎年そこへ出掛け、都から客人が来た時にもそこを案内するほど思い入れていた。

田んぼに水が張られてすぐの季節、なみなみと湛えられた水が光を反射するさまは、家持が見た布勢の水海に近いのではないかと新谷さんは言う。

布勢の海の 沖つ白波 あり通い 
いや年のはに 見つつしのはむ

ー布施の海の沖に立つ白波のように、ずっと通い続けて、毎年毎年この眺めを見て愛でよう。

大伴家持は養老2年(718年)に生まれた奈良時代の貴族で、出身は奈良。「令和」の典拠となった梅花の歌の序文を書いた大伴旅人の長男であり、越中国守在任中には旅人の梅花の歌に応える梅の歌も残している。

国守とは古代から中世にかけての律令制下の日本で、地方行政の単位である「国」に置かれたトップの役人を指し、その責任の範囲は行政だけでなく警察消防裁判所農業漁業といった国にまつわる全てに及んだ。

役所である国庁が伏木に置かれたのは、越中国の都に近い西側であり、小矢部川の河口である海にも開かれた交通の要衝だったためと考えられている。

現在、国庁跡とされる場所には富山を代表する浄土真宗の古刹、雲龍山・勝興寺が建つ。文明3年(1471年)に蓮如上人が砺波郡に営んだ土山坊(どやまぼう)を起源とする勝興寺は、戦国時代には越中一向一揆の拠点の一つとして威勢を誇り、江戸時代には越中国の触頭(ふれがしら・幕府や藩に任命された地域の寺院の統制役)として前田家と密接な関係を保ちながら、広壮な伽藍を築き上げた。

国庁時代の建物こそ遺っていないが、地方の寺院としては随一の大きさを誇る本堂やその奥に広がる本坊の空間の広大さには、かつての国庁の存在感と、この場所に層をなす歴史の重なり、土地の磁場のようなものが感じられる。

境内には3つの歌碑があり、境内地を囲むように西南へ歩いた先にある歌碑の横には、歌に詠まれたとされる古い井戸も遺っている。

もののふの 八十娘子(やそをとめ)らが 汲みまがふ
寺井の上の 堅香子(かたかご)の花

ーたくさんの娘子たちが入り乱れて水を汲む、寺井のほとりのかたくりの花よ。

家持の万葉集で確認できる27年間の歌歴のうち、赴任中の5年間に詠まれた歌は223首。それ以前の14年間は158首、以後の8年間は92首と、越中時代に詠まれた歌が突出して多い。なぜ家持は富山で多くの歌を詠んだのだろうか。

それは家持にとっての〝驚異〟があったからだと新谷さんは言う。

「つまり、都とは異なる場所でのはじめての体験に対する驚き、感動をすべて歌に表現したからなんです。奈良には富山にある高い山も、海も、流れの急な川もない。基準が奈良にある人ですから、越中が都といかに違うかを几帳面に全て歌で記録した。皆さんも旅先で見たことがないものに出会ったら、たくさん写真を撮りますでしょう。そういう感覚だったと思います」

立山(たちやま)に 降り置ける雪を 
常夏(とこなつ)に 見れども飽かず 神(かむ)からならし

ー立山に降り置いている雪は、夏のいま見ても見あきることがない。神の山だからに違いない。

これは国庁近くにあった官舎(家持の住まい)から詠まれた歌だという。おそらく家持は、真夏に白い雪をいただく山を越中ではじめて目にした。その素直な感動が詠み込まれたこの歌には、富山を訪れ、立山連峰を望んだ人の多くが共感できるのではないだろうか。

また伏木から沿岸部を少し西へ進んだ先には、「渋谿(しぶたに)の磯」として詠まれた雨晴海岸がある。気象条件が揃えば海越しに立山連峰の山並み広がる景勝地だ。

奈良の都で育った家持には、夏に雪を戴く高い立山も、岩に波が寄せる雨晴海岸も、慣れ親しんだ都の自然とは違うものとして新鮮に映った。

馬並(な)めて いざうち行かな 
渋谿(しぶたに)の 清き磯廻(いそみ)に 寄する波見に

ー馬を並べて、さあ出かけようじゃないか。渋谿の清らかな磯辺に打ち寄せる波を見るために。

ところで、家持が歌を詠むことに駆り立てられたきっかけは、都との季節感の違いの実感にあるという。

立夏の日にホトトギスが鳴くのが都ではあたりまえなのに、越中では鳴かない。それは橘や橙という柑橘系の花がないからだと気づき、ホトトギスが鳴かないという歌を詠む。それ以降、突如として歌が増えるのだそうだ。

鳴く鳥や咲く花といった季節感の違いとは、気候や地形の違いが生み出す植生や生物分布の違いであり、目に見える風景をつくりだしている理(ことわり)の違いでもある。身体感覚の一部のように当たり前としてきたものが、実は場所によって違うものだったということへの気づきが、越中を改めて「都と違う場所」として認識させ、家持の感性を開かせたのだろう。

万葉ゆかりの地を巡るときには、大きな風景のなかにあるそうした小さな、けれども場合によっては決定的とも感じられる違い、この土地ならではの季節感にもぜひ目を向けてみてほしい。

また高岡では秋の「高岡万葉まつり」のなかで、万葉集全20巻・4,516首を高岡古城公園の特設水上舞台で万葉風の衣装をまとった人々が三日三晩かけてリレー形式で読み上げるという「万葉全集20巻朗唱の会」が開催される。

全国誰でも参加でき、先着順で好きな歌を読むこともできる(当日参加も可能)。市内を中心に東京や名古屋などからも愛好者が集い、3日間の総参加者数は2,000人にのぼるという。

意外にも万葉集と結びつきの深い富山。高岡や氷見など県西部を中心に、家持は富山県のすべての郡および能登半島でも歌を詠んでいる。

万葉集を片手に詠み込まれた場所を訪ね、風景に家持の視線を重ねてみてはいかがだろうか。

写真:田中祐樹  文章:籔谷智恵

※口語訳参照 『越中万葉をたどる 60首で知る大伴家持がみた、越の国。』高岡市万葉歴史館編

INFORMATION

高岡市万葉歴史館

住所:高岡市伏木一宮1-11-11
電話:0766-44-5511
開館時間:4月〜10月 9:00〜18:00 11月〜3月 9:00〜17:00
(入館は閉館時間の30分前まで)
休館日:火曜日・年末年始 詳細はwebサイトで確認のこと
観覧料:210円
web:www.manreki.com
※研究員による案内は要予約

INFORMATION

二上山公園 城山園地

住所:高岡市東海老坂
万葉ラインの入口は国道165号線「守山交差点」二上山万葉ライン入口と、国道415号線「伏木古府交差点」からの2ヶ所

INFORMATION

雲龍山・勝興寺

住所:伏木古国府17ー1
電話:0766-44-0037
拝観時間:9:00〜16:00(入場は午後3:30まで)
web:www.shoukouji.jp

INFORMATION

道の駅雨晴

住所:高岡市太田24-74
電話:0766-53-5661
開館時間:9:00〜19:00 展望デッキは24時間解放
定休日:なし
web:michinoeki-amaharashi.jp

INFORMATION

万葉全集20巻朗唱の会

万葉全集20巻朗唱の会
日時:令和元年10月4日(金)〜6日(日)
場所:高岡古城公園 中の島特設水上舞台
申込み・問合せ先:高岡万葉まつり実行委員会事務局(高岡市観光交流課内) 
電話:0766-20-1301
web:www.takaoka.or.jp/manyo/rousyo/

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